『自分を大切に』 なにをどうしたら大切にしてる事になるのだろうね?

そもそも
『自分って何さ』
と考えてみる

ーーーーーーーー

15日に母が他界した

数年前から酸素を吸っていたものの
歩けるし
喋れるし

去年3月に父が亡くなって
色々と心配事が減って
「まだ生きるわよ」と言ってた母

父は頑固で
屁理屈が多くて
自分の意見だけが正解だと思っていた人だから
家の中で何かと問題を生む

そのおかげで母は
間に挟まって大変だったから
問題児がいなくなって
きっととても楽になったと思う

だから
もう少し楽しんでいて欲しかった

父に余命が出たときには
私はホッとした
「よかったこれでみんな楽になる」

(なんと親不孝な子どもだろうか)

そんな親不孝な私が
父を看取ることになるとは

さっきまでお喋りしてた父が
急に話さなくなり
目はどこか遠くを見ていて全く目が合わない

せめて父に触れていたくて
ひたすら
手をマッサージして
足をマッサージして時間を過ごした

骨と皮だけだけど
皮膚は柔らかいし暖かい

夜になり呼吸の感覚がおかしくなる

舌がみるみる血色をなくしていく

「待って!待って!まだダメ!」
父に叫んだ

生きてる人に「待って」と声を掛ければ
大抵の人は待ってくれる

でも「死」はどうしたって
待ってくれない
他人にはどうにも出来ない

さっきまで柔らかかった肌が硬くなる

呼びかけても答えてくれない
もしかしたら
答えてくれてるのかもしれないけど
死んだ人の声は聞こえない

死ぬってそういう事なんだと
感じた

何をしても返ってこない

『自分とは?』
なんて疑問を何年も考えていた時期があった

人の本質は魂だという人もいる

目に見えるものよりも
目に見えないものの方が大事だという人もいる

そんな事を聞くたび
身体をマッサージしたり
お肌をきれいにすることを仕事にしていることに何の意味があるのか分からなくなって
苦しい時期があった

でも
父の死を目の前で感じた私が
すごく思うのは

生きるってことは
誰かとコミュニケーションをとることだし

生きることは感じる事だと思う

息を引き取った途端
身体中の全ての細胞が動かなくなってしまう
その不思議

生きている間
身体中の細胞を動かそうとしなくても
動いていること

それを動かしている
自分でも知り得ない
大きな大きな力があって
それが魂とやらの力かもしれないけれど

魂だけじゃつまらない

私は声が聞きたいし
喋りたい

美味しいものを美味しいねって笑い合いたい

触ったら
気持ちいいって言って欲しい

手を握ったら
握り返して欲しい

風を肌で感じたいし
寒さも暑さも感じたい

相手の目の中にいる自分を見たいし

心臓の音も聞きたい

やっぱり身体があって欲しい

父の死の際で
そんな事を思った

だから母の時も
たくさん触って
たくさん撫でてきた

何日も何日も

おかげでキチンとお別れができたように思う

死を見せることって
親の大きな最後の仕事なように思う

これから
どんどん肌も皺くちゃになるし
どこもかしこも衰えて
鏡で自分を見るのが嫌になっちゃうだろう

それでも
それだからこそ
生きてる自分の身体を優しく労っていたら
そんな自分も愛おしいと思えるようになるんじゃないかな

生きている間は
身体を大切にしたい
自分の身体に
大切な時間をかけて
大切なお金をかけて
自分が自分を愛してる事を表現したい

そんなことを思いました

関連記事

  1. 荻窪でプライベートサロンyurajueを開業して、19周年を…

  2. 先輩女性は「私の未来」

  3. 美白フェイシャル【ホワイトスノーピールフェイシャル】ビフォー…

  4. 女は枯れない

  5. 新年あけましておめでとうございます

  6. VIOのレーザー脱毛はじめました! 〜49から始めるフェム…